第69回 会社の怪談

風間 茂輝さん(34歳・仮名)はスマホでハイクラス転職サイトに登録。「さてさて、どんな会社から連絡来てるかな~」で、バイオ医薬品大手イブラヒム・ナルサス・メルレインに入社されました。社名から外資系企業を連想しますが、祖業は越後のちりめん問屋です。転職後のポジションは高く、年収1000万円越え。福利厚生も申し分ないそうです。「ただ‥」と言葉を濁し、風間さんが語った会社の内情に、私の脇は冷たい脂汗を流しました。

【プライバシー保護のため音声を変えています】

「今の本社オフィスは都心のヒルズに入居していて、近くの旧本社ビル、ここは自社ビルなんですが、社員向けの託児所やクリニック、ジム、宿泊施設とかに改修されています。でもここがちょっと‥」。「吹き抜けの1階は、帝国ホテル本館ロビーをパクったような、これ大丈夫かと心配するほどそっくりなんです。確かに重厚で格式高い空間ですよ。でも、首塚があるんです」。「ロビーラウンジには古井戸もあって、桶で汲むおいしい天然水を飲めますが、横に『鎮霊』と書いた皿が十枚、祀ってあって‥」。

「旧本社時代、3階に何かと個室トイレに籠る専務がおられました。陰で『トイレの専務さん』と呼ばれていたそうですが、ある日、なかなか戻らない専務を心配した部下がトイレに行くと、3番目の個室に鍵が掛かっていて、3回扉をノックし『専務いらっしゃいますか』と声掛けしても返事がありません。亡くなっていました」。「それからなんです。その個室で3回ノックして『専務いらっしゃいますか』と尋ねると『はーい』の返事と扉が開き、便座に座り人事考課表を見る専務が出るらしいんです。しかも見た人は必ず降格か左遷されると噂です」。

「託児所の壁の絵も変です。普通は星とか花とか可愛い絵を飾りますよね。でもここはセザンヌの『殺人』とか、カラヴァッジョの『ホロフェルネスの首を斬るユディト』とか、ゴヤの『我が子を食らうサトゥルヌス』です。子供の塗り絵も、落武者とか人面犬で遊ばせています」。

「クリニックもおかしな所で、視力検査表がランドルト環じゃなくベートーヴェンの顔です。下にいくほど小さい顔になっていて、ベートーヴェンの目の向きで視力を測定します。『右』と答えたら実際には左に動いているんです」。

最後に語った風間さん御自身の不可解な出来事に、私の薄髪でも逆立ちました。

「役員面接はここの4階で行われ、高齢の会長と社長が担当されました。質問は『マッカーサーの占領政策について、あなたの考えは』『サンフランシスコ平和条約をどう思う』『神武景気はいつまで続くか』などでした。正直、なんでそんな質問と思いましたよ。ところが入社後、社史で見た歴代会長と社長の写真に、お二方は戦後すぐの就任で並んでいたんです」。「私は昔から『ついてる男』と言われます。やはり憑いてますか?」。


イブラヒム・メルサス・メルレイン社の資本または業務提携先、主要取引国一覧

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