第65回 小学6年生 相澤大翔(ひろと)の驚き

ぼくの通う私立掛花小学校は、ブルジョワ小学校と言われています。お嬢様とぼんぼんが大勢通う小学校で、他の学校と少し違いがあります。まず正門です。大きなゲートです。鉄柵の前に防護用バリケードが置いてあり、許可のない車は校内に入れません。中に入れる車もIDカードをみせて、金属探知機で車の底まで調べられます。2匹のジャーマン・シェパードも不審者がいないかジッと見張っています。名前は「あぎょう」と「うんぎょう」です。みんな怖がっています。でもこっそりと「ワンちゅ~る」をあげたら、ぼくには懐きました。

校舎に入るとセキュリティゲートがあります。ここで児童カードをタッチして教室に行きます。廊下にはデジタルサイネージが並んでいて、テストの成績順位や職員室に呼び出しの児童名が表示されます。壁に「日経平均株価」と「為替」の電子ボードもあり、校長先生がいつも見ています。廊下の歩き方も決まっています。壁に沿って一列で歩き、角は直角に曲がります。いちど真ん中を歩いていたら、後ろから来た美川先生に「もっと端っこ歩きなさいよ」と怒られました。

ぼくが掛花小学校で驚いたのは、学校での名前が本名でない児童がいることです。理由は誘拐事件を防ぐためです。親と相談して自由に決められます。だから同じクラスの友だちには、女子があこがれるタカラジェンヌの名前もいます。春日野八千代ちゃんと越路吹雪ちゃんです。プロ野球選手になりたい男子では、川上哲治くんと大下弘くんがいます。アメリカ人のヘンリー・ウィルソン・ニコル・ローズ・ゴードンくんは、内緒で本名がジェイソン・マーシャル・ジョゼフ・フリッツ・ゴールドと教えてくれました。どう違うのかぼくには難しい名前です。

ぼくの相澤大翔は本当の名前です。学校での名前はありません。掛花小学校では偏差値を高めるため、ぼくのように庶民の子が試験に合格して入り、学費無料の児童が何人かいます。これをプロレタリア階級特待生と言います。特待生と他の人との違いは、名前があるかないかだけです。クラスも授業も区別がありません。だからいろいろな人と友だちになれるし、家に遊びに行くこともあります。

吹雪ちゃんの家は京都駅みたいな大きい家です。何十室もある広い部屋や天井には、魚の泳ぐ水槽があります。シャチもいました。ぼくが驚いたのは、大広間の水槽にジンベイザメが3匹泳いでいたことです。まるで「海遊館」でした。

八千代ちゃんの家はお屋敷です。昔、連続殺人事件のあった古い母屋が映画の題材になるほどの由緒正しい家柄です。母屋の隣にある鹿鳴館を模した洋館は、八千代ちゃんの勉強部屋でした。庭が大名庭園で東京ドーム5個分の広さと聞いて驚きましたが、ここの五重塔が国宝と知ってもっと驚きました。

ぼくはお母さんに、吹雪ちゃんと八千代ちゃんの家のことを話しました。すると「大翔、ふたりともっと親しくなりなさい」と真顔で言われました。いつもはぼくの話をちゃんと聞いてくれないお母さんなのに、とても驚きました。


私立掛花小学校 学校案内パンフレット (抜粋)

日記第65回.jpg



この記事へのコメント