第49回 クリスマス物語

東京・南麻布の一角に、ある国の在日大使公邸がありました。緑に覆われた、風格ある少し古い建物です。その室内に、1匹の小さな小さなアダンソンハエトリグモが住んでいました。名前はヴィクトル。ヴィクトルには親がいません。仲間もいません。皆、お掃除ルンバに吸われてしまいました。

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ヴィクトルの日課は、毎日虫を捕って食べること。お腹がいっぱいになったら、1日の終わりです。今は12月。ヴィクトルは薄暗くなりかけた窓の外を見て、そろそろ休もうとピョンピョン跳ねながら移動を始めました。ふと2階から、歌が聴こえてきます。ヴィクトルは立ち止まりました。

(♪ホッホッホ ホッホッホ サンタさんにお願い プレゼントのお願い 日用品に食料品 商品券とQUOカード マミーが喜ぶ贈り物)

歌声の主が誰か、ヴィクトルにはすぐわかりました。大使の一人息子「ハチ」です。秋田犬好きの大使は、ひどい犬アレルギーで飼えません。だから子供の名前に、犬の名を付けたのです。

ハチは、クモが嫌いな4歳の子ども。ヴィクトルを初めて見つけた時「マミー、マミー、小さなクモがいる」と叫び、踏み潰そうとしました。ママはすぐに駆け寄り膝をつき、ハチの手を取ってこう言いました。「よく聞いてハチ。このクモはちっちゃな体で、ハチを守ってくれているの。ハチが病気にかからないよう、悪い虫をたくさん食べてくれているのよ。だから嫌いだからと言って、すぐに殺してはだめよ。こんな小さなクモにも、とても大切な命があるの。わかってくれる」「マミーわかったよ。殺さないよ」「ありがとう、ハチ」。ママはまた台所に戻り出しました。その時ママの横目に、横切る黒びかりのGが見えました。ブシャッとヒールのかかとで、ママはGを踏み殺しました。

ハチはママとの約束を守ります。ヴィクトルを見つけても目をつぶり、通り過ぎるのを待っていました。やがてヴィクトルを見ても怖がらず、「小さなクモさん、ありがとう」と話しかけるようになりました。

ヴィクトルはハチの歌声を聴きやめて、またピョンピョン跳ね出しました。すると天井から「ヴィクトル、ヴィクトル」と声がします。ヴィクトルが見上げると、アシタカグモのモーパッサンがいました。「ヴィクトル、相談があるんだ」。モーパッサンは8本の脚を器用に動かし、降りてきました。ヴィクトルと比べても、大きくて不気味な姿です。でもヴィクトルと同じで、毎日悪い虫を食べ、とても優しい性格でした。

ヴィクトルはモーパッサンの話を聞きました。ハチとヴィクトルは友だちだ。だから自由に動ける。僕もハチと友だちになりたい。でもこんな姿だから無理だ。何か良い方法はないだろうか。ヴィクトルは考えました。そして日本人のママが、ハチに読み聞かせていた『泣いた赤鬼』を思い出しました。ヴィクトルはモーパッサンに持ちかけます。とても危険だけどスズメバチを弱らせて、部屋に持ってきてもらえないか。ハチがそれに気づいたら、僕はその前に出る。スズメバチはきっと襲おうとするから、その時君が現れて僕を助けてくれ。ハチは君を友だちと思ってくれるはずだ。「もちろんだとも。そうするよ」。モーパッサンは笑顔で頷きました。

雪が舞うクリスマスイブの夜。ハチの目の前に、1匹のスズメバチがいました。小さなクモもいました。スズメバチは小さなクモを目がけ、飛びかかろうとしました。その時、今までハチが見たこともなかった、不気味で傷だらけのクモが現れました。ハチの声が聞こえました。「小さなクモが、大きなクモに食べられる」。「えっ?うそでしょ?」。一瞬、ヴィクトルにはモーパッサンの驚きの顔が見えました。そしてブシャッとハチに踏み潰されました。小さなクモのヴィクトルは、この時、自分の犯した大きな過ちに気づいたのです。ヴィクトルの目は、少しずつ少しずつ濡れていきました。

Merry Christmas and A Happy New Year‥‥‥

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