第43回 ザ・ホテル

広島東洋カープ悲願の初優勝達成の1975年、あの『赤い疑惑』が始まりました。後の『宮廷女官チャングムの誓い』のように、私が塡まったドラマのひとつです。劇中、ピエール・カルダン劇場プロデューサー 大島理恵 (岸 恵子)の滞在は「ホテルニューオータニ」。姪(本当は実子)の大島幸子 (山口 百恵) たちがここへ来るシーンでは、必ずホテルの外観が映りました。1977年の秋は、毎日(当時の)角川映画『人間の証明』テレビスポットが流れます。中学校内でも大流行「母さん、僕のあの帽子どうしたんでしょうね …」のセリフが被さって、谷に落ちる麦わら帽子と、巨大な帽子に見える夜景の「ホテルニューオータニ」が交互に現れました。ただし本編ではスポットに映る《ザ・メイン》から、塔屋下部に円周で浮遊する光の合成を施した《ガーデンタワー》へと変わり、より帽子に似せています。の、つもりでしょうが、映画の出来同様「誠に遺憾の意」を表します。ショーン・コネリーと忍者の共演映画『007は二度死ぬ』。悪しき話題で、今は市井の臣にまでその影響力が知れ渡る大手広告代理店を、既に半世紀前に題材とした先駆的漫画、一条ゆかり作『5愛のルール』。ワンシーンでも一コマだけでも「ホテルニューオータニ」は絵になりました。実際に私が見た上智大学側、弁慶橋側、そして四谷・赤坂見附間の堀に沿った丸ノ内線車窓からでも、各棟のデザインと配置のバランスと不変の立地場所の良さなのか、東京の景観として特別の存在感がありました。

「ホテルオークラ」が本館を全面建て替えで「The Okura Tokyo」へと変貌させたように、ニューオータニも《ザ・メイン》建て替え計画があったようです。しかし当時の経営陣が「《ザ・メイン》は、このエリアの景観を成していることを大事に考え、改修で決断した」の記事を読んだ記憶があります。焼失したザビエル記念聖堂が、まるで別物で再建された時の山口市民の驚愕。怪獣ギャオスが東京タワーに巣を作り、卵を生んだ時の東京都民の驚天動地。ランドマークが大きく変われば、日常の景観も一変します。「ホテルニューオータニ」はカーテンウォール建築のため外壁の取り外しが可能なことから、客室と帽子を大きな全面窓に交換。映像や写真からでも風格ある佇まいを変えずに、近未来的なフォルムへの移行が分かります。例えるなら「戦艦大和」から「宇宙戦艦ヤマト」への変換です。

しかしなぜ「ホテルニューオータニ」なのか。ここから短い本文です。私は旅客機と豪華客船と同様、中学生の頃から(当時は泊まれない)一流ホテルも大好きでした。だから今秋開業予定「ヒルトン広島」の建物が  ①外観デザインがホテルらしくとても良い。 ②高さと立地場所の関係から市内の至る所から目立って見える。【結論】広島に新たなランドマークの誕生だ。実例を挙げて、私はこの事を伝えたかった。でも、前置きが長すぎるから失敗しました。


広島市中心部・八丁堀交差点から望む「ヒルトン広島」

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