第40回 子供の目線、大人の視線

私は「ゴーストライターX」。『昭和の香り日記』をお読みいただきありがとうございます。今回は実際よりも物事が「広く」「高く」「大きく」見えた「子供の目線」を、事例をあげて振り返りましょう。でも大した事例ではありません。

事例A「楽々園遊園地」

広島県西部在住高齢者たちが、まだバテレン国の黒ネズミはよく知らないころ、世界のキティちゃんも誕生以前の子供時代、高低差がさほどないジェットコースターで「恐怖」を覚え、短い円周をただ走るだけのゴーカートに「高揚」した「夢の国」。そこに行けることが飛跳ねるほど嬉しくて、前夜は眠れなかった「夢の国」。冷徹に大人の視線で振り返れば「夢の国」は、狭い敷地、古くて数少ない遊具、隅々まで行き渡る言い知れぬ場末感。その後「夢の国」は閉園し、今はショッピングセンターの建つ場所に変わりました。そこから南西にある別の「夢の国」は今も開業中。国道2号線沿いからは施設はよく見えず、ホテル「夢の国」と看板が立っているだけ。子供のころはバスや車でここを通るたびに「『夢の国』に入りたい」と大人たちにせがみました。

事例B「近鉄宮島観光センター」

広島県西部在住高齢者たちにとって「楽々園遊園地」が当時の一大テーマパークなら、ここは2階建の一大屋内型レジャー施設。大浴場と(卓球台のある)ゲームセンターと(クリームメロンソーダがある)喫茶店が併設され、2階には窓際の廊下に沿った畳敷の大広間に舞台があって、テレビで見る人気芸人「宮川左近ショー」「暁伸・ミスハワイ」などの実物と会えました。子供にとって「近鉄宮島観光センター」は「レディー・ガガ」のコンサート会場「さいたまスーパーアリーナ」のようなもの。なかでも「フラワーショウ」が一番好きだった私は、サイン色紙持参で行きました。休憩を挟んだ2回公演のため、最初の公演終了後はひとまず大浴場で泳ぎ、二度目も観ながら終演間際に母親と舞台横の廊下で待ちました。他にも待ち構えた人がいます。すぐにメンバー3人が順次舞台から降りてきて、スタッフが遮りました。私は声が出ず色紙を差し出しただけ。業を煮やしたのか母親が「この子が大ファンなんです。お願いします」と人目もはばからず大声を張り上げたせいか、特に好きだった「ゆりさん」が立ち止まり、サインをしてくださいました。その時私は間違いなく周囲の人々から羨望を浴びたのです。では冷徹に大人の視線で一言だけ。「自意識過剰な子供だよ」。


私の動物園の原風景。そこは錦帯橋を渡った吉香公園。 

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