第39回 エニグマ《謎》

主題 「エニグマ《謎》」

クラシカル音楽ではエルガーの『エニグマ変奏曲』を思い浮かべる。主題の旋律が崇高なオーケストレーションで奏でられる《ニムロッド》。変奏曲の中でも特に有名な曲だが題名が覚えられない。そこで私は《ニトリ》と呼んでいる。だが『エニグマ変奏曲』がここでの主題ではない。私の「エニグマ《謎》」は、邦画『ドライブ・マイ・カー』である。いくつかに分けて《謎》を展開してみよう。

第1章「メディア」

昨夏のカンヌ映画祭をはじめとし先日のゴールデングローブ賞と『ドライブ・マイ・カー』の受賞が続きます。日本のメディアも「素晴らしい」「アカデミー賞が楽しみですね」と大きく取り上げます。でもここに私の《謎》があるのです。メディアの皆様方、『ドライブ・マイ・カー』は観てましたか。数々の海外での受賞で、ここへ来て全国のシネコンを中心に大規模な再上映が始まり、にわかにご覧になった方もいるでしょう。でも本公開は昨年の8月。一部シネコンとミニシアター系の小規模での公開で、さほど大きな話題にもならずほぼ上映が終わっていました。ゴールデングローブ賞受賞を伝えるキャスターも「私は既に観ていますが」を感じさせない語り口。もちろん私は観ていません。『ドライブ・マイ・カー』は予告編だけでもう充分です。

第2章「Rotten Tomatoes」

米・欧は今も批評の国。映画も権威ある批評家が各々の視点から厳しく的確に可否を論じます。米国の「Rotten Tomatoes」は米・欧の有力なメディアの批評を集め、誰もが無料で一度に読むことが可能なSNSサイト。作品を観る指針や興行成績に影響力があります。総合評価とは別に特に信頼できる批評をTop Criticsとしてまとめており、作品によっては80人近い批評が掲載されます。『ドライブ・マイ・カー』では30人弱ですがいずれも高評価でした(私が参考にする4人の批評は無い)。ここでも私の《謎》があるのです。邦画で上映時間3時間をあなたは耐えられますか。彼らはこの長さでも「静寂な美しさ」「詩的な深さ」「傑作で神秘的」と絶賛です。でも村上春樹の短編原作に他の短編小説も加味し、それにチェーホフなどの舞台劇をからませて3時間の作品にする必要性があったのでしょうか。あらすじから2時間で十分まとめられると思うのです。何より予告編も含めて3時間超えの映画だと、私はトイレ問題に直面します。

最終章「演技と撮影」

全米映画批評家協会賞主演男優賞。歴代受賞者はジョージ・C・スコット、マーロン・ブランド、ダニエル・デイ=ルイス、ブラッド・ピットなど一流の演技派揃いです。そして今年は西島秀俊。「えっ?」。『ドライブ・マイ・カー』予告編で観る西島秀俊の演技はいつも観る西島秀俊の演技。《逆さジョイ》の西島君です。広島を主舞台とした撮影も「素晴らしく美しい」と一部批評家から高い評価。「えっ?」。本編を切り取り繋いだ予告編の映像からは、私はカメラアングルも色彩も良いと思いません。でも『ムーンライト』『マンチェスター・バイ・ザ・シー』などと同じように評価されたことになるのです。《謎》は深まる一方の『ドライブ・マイ・カー』。これからも映画賞を受賞していくのでしょう。そして撮影場所は私のご近所さん。それでも『ドライブ・マイ・カー』を私は観たいとは思わない。お金を出してもらっても行きたいとは感じない。これが私の最大の「エニグマ《謎》」なのです。


題『僕に話しかけた《謎》の個体』

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