第37回 子供たちの日本沈没教

今日の『昭和の香り日記』は、「私の新興宗教」の時間です。

1970年代の、洋・邦パニック映画ブームが人格形成期と重なった私。(と、同世代の私みたいな少し変な人)にとって「日本沈没」は、まさに新興宗教でした。開祖はもちろん原作者小松左京の小説。しかし事実上の開山であり教典に当たるのは、1973年公開の映画『日本沈没』です。東洋の小さな島国で突如として始まったこの「日本沈没教」。ほぼ時を同じくして西洋の広大なアメリカで誕生した「ポセイドン・アドベンチャー教」。二つの新興宗教は子供たちに多大の影響を与え、私、(と、私みたいな少し変な子)を次々と信者にしていったのです。逆に映画『日本沈没』で東京大地震の場面がトラウマとなり、「日本沈没教」に入信出来ない気の毒な子もいました。

「日本沈没教」について、簡単に説明します。信者の拠り所でもある映画『日本沈没』。ミニチュアと実写の特撮で壊滅していく都市と国土を大画面に映し、醜く歪みながら沈む日本列島を俯瞰で見せて子供たちを驚かせ、森谷司郎監督のリアリズムで重厚なドラマ演出が、国外脱出をした日本人の行く末と、脱出できなかった人々、自ら残った人々が日本列島とともに消滅していく悲しみを、子供たちに抱かせたのです。『日本沈没』に『ポセイドン・アドベンチャー』と同じように心を奪われてしまった私。(と、以下同文)。こうして「子供たちの日本沈没教」は生まれたのです。

子供信者が大人になってもこの映画を支持する理由。それは脚色の巧みさです。かつて日本映画がヨーロッパやハリウッドと競い合った「お宝の時代」を代表する脚本家橋本忍は、長編で枝葉の多い原作から日本沈没への過程部分を映画の中核に据えて、教科書とも言える素晴らしい構成力で脚色し、残された時間で選択を迫られる政府や関係者、パニックに陥る日本国民の姿を劇的に描き出しました。必要とあれば、原作では小さなエピソードを膨らませたり、原作にはない場面を設けたりしつつ「読む小説」を「観る映画」へと変えていく。洗練されたセリフではなく、簡潔ながら的確で人間臭い会話を交わさせ、物語を先へ進めていく手法でした。『八甲田山』と『砂の器』、岡本喜八監督の『日本のいちばん長い日』など、橋本忍が脚色した映画の多くは、原作よりも分かりやすく、強い印象を残します。

「キリスト教」や「仏教」がそうであったように「日本沈没教」も様々な宗派が生まれました。その中でも広く一般に知られたのが、次の3大宗派です。

1974年、TBS・テレビ版『日本沈没』派。半年間の放送で、日本各地を舞台にして沈没までをじっくり描く。しかし各回の話はそれほど面白くなかった。故に私は、これを破門にしたいな。

2006年、再びTBSと系列各局が製作中心の、樋口真嗣監督『日本沈没』映画派。「平成のガメラ三部作」の特技監督として、金子修介監督の絵コンテに基づく最高の特撮を撮った樋口監督だけど、監督としては他作同様人間の演出力不足。何よりも自身が「日本沈没教」信者だったはずなのに、教典をありえない結末に変え、典型的な今のクオリティの低い日本映画のひとつにしてしまった。(映画館ではなくテレビ放送で観た)故に私は、これを破門にしたいな。

2021年、みたびTBS・テレビ版『日本沈没 ー希望のひとー』派。「希望のひと」と副題を付けたことで、真正面から「日本沈没」には向き合わないぞの気構えが充分感じられる。事実、現在も放送中だが、コロナ禍の撮影か製作予算の関係か、枝葉の部分ばかりでの物語展開に堪忍袋の緒が切れそう。故に私は、今から破門にしたいな。


(天国で)家族そろって歌合戦。審査委員はお馴染み高木東六氏。

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