第36回 禁断のフラッシュモブ

「奥様、この度は突然のことで。深岸田社長とはつい3日前、お会いしたばかりなのに。」「木島さん、私もまだ信じられなくて。」「響子さん、そろそろ喪主席の方へ行かれたら。」「お義姉様わかりました。木島さん、忙しいところをどうもありがとう。ひどい傷があるので夫の顔を見せられなくてごめんなさい。」「いいえ、お気になさらず。奥様もお力を落とされませんように」。

そして、故・深岸田栄一の葬儀が始まった。 

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿~弥陀~仏、南無阿~弥陀~仏」。「応信如来如実言、能発一念喜愛心、不断煩悩得涅槃~」。「それでは喪主ご焼香をお願いします。」「続きまして、前の席から順次ご焼香をお願いします」。

粛々と葬儀は進み、喪主・響子の挨拶が始まった。

「皆さま本日はご多忙の中、夫・栄一の葬儀にご会葬頂き、ありがとうございました。」「夫は大のカレー好きでした。私に歌いながらいつもこう言ってました。『カレーにしてぇ~ね母さん。ハウ~ス印度カレー』私は夫にこう答えました。『ハヤシもあるでよぉ~』」。

カーン、カーン、カンカンカンカンカンカンカーン。突然ひとりの葬儀スタッフが大徳寺りんを鳴らし始めた。すると故人の親族が一斉に立ち上がった。栄一の母 ・繭(93歳)は曾孫に両側から持ち上げられていた。響子は列席者に向かって歌い始める。親族は喪服のコーラス隊。

「インド人もびっくり日本のカレー(カレーカレー) 夫の好きな印度カレー(インドじゃないけど)」。

左右の扉が開き、次々と葬儀スタッフが飛び出してきた。手にそれぞれが大鍋、人参、玉ねぎ、ジャガイモ、牛肉、ハウス印度カレーのルウを持ち、踊り始める。一般席でも十数人の会葬者が席を立ち、踊りながら場内を回りだした。彼らは「己斐峠心霊スポットバレエ団」ダンサーだ。

「木島君、これは一体何だ。」「部長、フラッシュモブですよ。街中とか結婚式場とかでサプライズで時々あるんです。」「でもなんで葬式でやるんだ。」「私に聞かないでください。面白大好き深岸田社長だから、生前のご意志かも。」「だとしても、遺族が本当にやるか。葬儀社も一緒になって。これだとさっき帰った住職まで出てくるんじゃないのか。うわ、本当に出た。」

住職は頭にターバンを巻き口髭をつけ、インド人になっていた。

「うわ~。」「木島君、なに喜んでるんだ。」「だってこんな楽しい葬式、初めてなんです。」「当たり前だろ、愉快な葬式なんてある方がおかしいじゃないか。こら、木島君、なに立ち上がってるんだ。踊るのやめなさい。」「印度カレーになりたいですぅ~、なりたいですぅ~。」「木島君、何おかしなことを言ってるんだ。」

響子、操り人形の義母・繭、親族一同、葬儀スタッフ、インド人になった住職、己斐峠心霊スポットバレエ団ダンサー、そして木島が盛大にパフォーマンスを繰り広げる。迎えたフィナーレ。響子が列席者にラップで問いかけた。

「精進落としは印度カレー  食べない食べます食べる食べる時食べれば食べろぉー。」「いただきまーす。」

背後のお棺の蓋が開き、大声で答えながら、死んだ深岸田栄一が起き上がった。


葬儀を録画した複数のモニターをチェックしながら、栄一と響子は語り合っていた。

「怒って帰る人も結構いるわね。わざわざ時間を割いて来てくださったのだから、無理もないけど。」「まあ最初から香典やお供えの義は辞退していたんで、この人達には丁重にお詫びの返しをしとけばいいだろう。おいおい木島君は不謹慎すぎるほどノリノリじゃないか。」「あなたと性格がよく似てるわ。私、笑いを堪えるのに大変だったのよ。」「彼のところとは取引量を大幅に増やそう。怒って帰ったところは大幅に減らすぞ。どうせ裏で談合をしているんだろうから、新規プロジェクトは気の合った会社と推進していきたいんだ。今回は選別のための偽葬儀だったんだからな。」「それにしては大掛かりだったわね。」「響子も久し振りで楽しんでたじゃないか。昔は人を欺く仕事をしていたんだろ。」「物は言いようね。でもまたやりたいわね。」「やろうか?またアイデアを考えてみようよ。」「いいわね、楽しみ。」

悪戯大好き深岸田響子。結婚で引退するまでは、彼女は名の知れた演技派女優であった。

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