第35回 大人への感謝状

世の中を見渡す限り、今、導き出した答えは「私の子供時代は良い時代だった」。懐古主義ではありません。昭和に戻りたいとも思いません。ただその当時の大人達は、大人の役割を果たしてくれていたんだ。それを感ずるのです。もしかしたら大人達自身が楽しむために、真面目に取り組んでいただけなのかもしれません。真実はどうでしょう。でも、本当に良い時代を私に与えてくれました。そこで当時の大人へ、僭越ながら感謝状を贈ります。

感謝状 1960年代・1970年代の音楽界の大人へ

あなた方は、お茶の間のテレビから勉強部屋のラジオから、カーペンターズのような洋楽とか、三木たかし・馬飼野康二・冨田勲・渡辺宙明といった作曲家の、かっこよくて素晴らしいメロディーと上質なアレンジのポップス、アニメ・特撮主題歌を、子供達の日常に溢れさせてくれました。赤ちゃんが自然と言葉を覚えるように、きっと耳に入る音楽で知らぬ間に感性が磨かれていたと思います。現在のまるで音楽を金儲けの手段、商品と考えし兼ねない、付け合せの握手券を主にしたり、マスコミ一丸で売る大人達の時代ではなかったと信じています。 押し付けがましいでしょうが、ここに感謝の意を表します。

感謝状 EXPO’70・大阪万博関係者の大人へ

「アイヤー!!」。中国人もびっくりのパクリ遊園地「奈良ドリームランド」があって「東京ディズニーランド」はなかった1970年3月。私が小学2年に進級前の春休み。広島駅から夜行急行「安芸」に乗り、電化されていない呉線を蒸気機関車で遠回りし、ベットのある寝台車両を見つけて寝ようとすると親に制止され、床に新聞紙を敷いて寝付けず早朝に着いた大阪。それから数日間、お借りした茨木市の祖母の知人宅を起点に、親戚一同大阪万博に行きました。一番観たかった「三菱未来館」。月の石の「アメリカ館」。タイムカプセルの「松下館」。円盤の床が回転しながら上下に動き、怖くて座り込んだ「三井グループ館」。座席が音楽に合わせて高さ2m近くを上下に動き、回転し、怖くて酔った「タカラ・ビューティリオン」。

建物、展示内容、どれもが初めて見る、凄いもの、面白いものばかり。そして多くのパビリオンが入館待ちの長蛇の列でした。その中で人が並んでいないパビリオンを見つけます。中に入ると、四方スタジアム形式のホールがあり椅子に座りました。暫くすると、暗いホールにレーザー光線が飛び交い、天井から前後から足元から、聞いたこともない不気味な音が流れ始めました。ビョーンビョンビョンビョ~ン、グゥオーングォングォングォ~ンガオー、キィーベンベンベンベンベン。「怖いからもう出よう、外に出よう」。私も従姉妹も親達に懇願しました。私の父は「面白いからまだおる」と出たがりませんでしたが、孫達のあまりの怖がりように祖母の「もう出ましょう」の一言で助かりました。子供には最恐の”お化け屋敷”、それが「鉄鋼館」でした。後に、この「鉄鋼館」のプロデューサーが武満徹、音楽は自作品と、クセナキス、高橋悠治の現代音楽・前衛音楽が流れていたことを知ります。怖いのも無理もない、でも今なら、50年前の博覧会ではこのようなパビリオンを造れた事に驚きました。その他の企業パビリオンも伊福部昭、一柳慧、三善晃、黛敏郎といった大家から当時はまだ若手まで、日本クラシカル音楽界の中核となる名が連なります。建築家も同様です。先の東京五輪で露呈した、大手広告代理店を中心とした作られた権威と甘い汁で成立つ、クオリティの低い今の国家的プロジェクトとは違い、この大阪万博は大人の本気、日本の「今」を最高の姿で世界に披露しよう、必要なら海外の人材も起用しよう、官民一体の高い志があったのだと思います。そうでなければお化け屋敷の「鉄鋼館」など出来るはずがありません。このパワーと熱い思いがきっと「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と、その後、世界から言わしめた原動力だったのではないでしょうか。

2025年再び大阪で(中断のIRカジノ計画を抜きにして)万博が開かれます。基本計画案では、もっともらしい理念と内容が、美辞麗句書かれています。でも私には、かつての大阪万博のような高い志は感じられず、お金の匂いと安易な地元経済対策への言い訳にしか思えないのです。なぜでしょうか。それは東京五輪でも問いかけられた力強い開催意義、シンプルなメッセージがないからです。そもそも甚大な被害と、膨大な復興費が必要と予測される、南海トラフ大地震や首都直下型地震等の発生を、国が高い確率で数値発表している今、大金をかけ万博をする必要があるのでしょうか。巨費を投じたイベントで、国内外の人々を動かし経済活性化を目論む危うさは、コロナ禍で得た教訓のはずです。

1970年大阪万博のテーマは「人類の進歩と調和」。平易ですがまるで仏教用語のような、美しい胸に響く言葉です。大阪万博関係者の大人は子供の私に、希望と未来と”最恐お化け屋敷”を見せてくれました。ありがた迷惑でしょうが、ここに感謝の意を表します。


各国レストラン前には初めて見る料理サンプルとメニュー名。高価格にも驚いた。食べたかった。

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