第33回 志部谷半蔵門

「志部谷君、お疲れ」「あっ、清澄マネージングプランニングディレクター、白川エグゼクティブコミュニケーションディレクター、お疲れ様です。今日はありがとうございました」「ポロ・リン大統領に挨拶した子、あの子良かったよ。舌鼓総理も感心されてた。さすがだね」「イソフラボン園長に、その旨をお伝えします。ありがとうございます」。

志部谷半蔵門(36歳)。性格温厚。有為な人物だが大手広告代理店『苦通』を一身上の理由で退職後、式典や沿道に依頼主の要望に沿って、提携先の私立幼稚園から園児を派遣する専門会社『Non-Bay』を開業。現在に至る。

「志部谷です。お世話になっております。玉虫酒造さんの甘酒発表イベント会場での確認事項ですが、子供達のインタビューの返答は『おいしかった』『嬉しかった』『楽しかった』この3つでよろしいですか。はい、ではこれで進めます」。

志部谷が向かった先は、聖イナゴ幼稚園。アリの集団がゾウを持ち上げて運ぶ園章は、海外のマスメディアで「クール。意味不明」と絶賛された。理事長兼園長はマダム・イソフラボン。志部谷が尊敬し全幅の信頼を寄せる、フランス生まれのパリジェンヌである。

「舌鼓総理が感心されたそうですよ。しっかりした子供だって。園長先生のご指導なんでしょう」「ノンノンノンノン。アノ子ガ素晴ラシイノ。親御サンハモット素晴ラシイノ。志部谷サン、園児達ガ旗振リノ練習ヲシテイマス。見テイカレマスカ」「勿論です」。

園児たちの旗振りとは、ニュース等で恒例の沿道に子供が立って国旗を振り、VIPや著名人を歓迎する役目である。園児にとってこの人達は、お小遣いをくれる祖父母でも、お年玉をくれる親戚でもなくて、赤の他人。安全教室でお巡りさんから「知らない大人とは話さない。ついていかない」と教わったのに、訳が分からないまま腹に一物ある大人達に旗を振りに行くのである。仕事が軌道に乗るにつれ、志部谷は日々疑問を抱く。イソフラボン園長の「園児ノ見聞ヲ広メマス」が彼を支える言葉であった。

「全集中で旗振って~ 右や左の旦那様~ 哀れな園児にお恵みを~ 可愛いコツメカワウソちゃんの顔~ 臭いフェレットちゃんの顔~ 打倒ハローキティちゃんよ~」。

園児達に熱のこもった指導をしているのは、日本舞踊の一大流「綾瀬川㐬」五代目古沙斗能世衛。イソフラボン園長の友人である。彼の優雅で洗練された振り付けが、単なる旗振りをパフォーマンスとし、ここは別格と評判が高かった。結果、次々と依頼が来るのだが、子供達にここまでさせていいのか、志部谷は悩んだ。ここでもイソフラボン園長の「園児ノ資質ヲ見出シマス」が、彼に自信を持たせた。事実ある園児は、大人になったら何になりたいかの問いに『ぶろおどうえでおどるひと』と書いた。志部谷はいつも、園児とイソフラボン園長と聖イナゴ幼稚園の関係者に対して、心からの感謝を忘れずに帰っていった。

独立してからの志部谷は、個人的にもビジネスでも酒の場は極力断ってきた。夜、自宅で仕事を振り返り、ひとり問答しながら酒を飲むのが彼の日課である。「ほんま、子供が旗振ったけぇいうて、喜ぶ大人がおるんか。だいたいなんで大人の集まりに子供が必要なんじゃ。ぶち変じゃろうが」。

志部谷半蔵門(36歳)。性格温厚だが飲兵衛。酒癖が悪く、夜、広島弁の大虎になるのも彼の日課だった。

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