第23回 女優と私

女優の存在感。それが傑作映画への第一歩である。(個人的見解より)

学生時代の夏休み。私は2か月の間、アルバイトで新幹線の車内販売をしました。まだ最速の「ひかり号」でも広島・東京間で5時間以上かかった時代。私が乗務した停車駅の多い広島始発・終着の「ひかり号」では6時間を超えていました。16両編成の揺れる車内をバランスを取り、両手で販売品を持って、「アイスクリームはいかがですかァ~」「もみじ饅頭はいかがですかァ~」と売り声を上げ何度も往復しましたが、私の膝はへっちゃらでした。月2回のヒアルロン酸注射が欠かせない今。時は残酷です。

仕事中は正販売員やアルバイト生の間で、今日のグリーン車には誰が乗っていると、情報交換がありました。グリーン車内は声は出さず、左右を確認しながらゆっくりと歩きます。テレビや映画でしか見れなかった「女優」が座っていました。「女優!女優!女優!」の「女優」です。「顔、ぶたないで!私、女優なんだから」の「女優」です。

グリーン車内での「女優」の美しさは、決して「ウソ」でも「大げさ」でも「まぎらわしい」でもなく、明らかに「一般人」とは違っていました。たたずまいが「女優」。寝顔を隠すため顔をハンカチで覆う姿も「女優」。着物姿の小山明子さんは、席に座っているだけで、映画の一場面の様でした。

ところで20数年前、広島市内で「女優」を間近に見たことがあります。その人も「道ゆく一般人」からは際立っていました。「女優」は、片桐はいりさん。本当にきれいな方で、私は驚きました。

映画好きの私は、アルバイト期間中に「見たいのぉ。逢いたいのぉ」と切に願った「女優」が一人いました。『鬼龍院花子の生涯』での名セリフ「なめたらいかんぜよ」で啖呵を切った夏目雅子さん。映画やテレビから伝わってくる華やかでコケティッシュな魅力。美貌。彼女が演技派へと変わり、日本映画界を代表する「大女優」へと歩む時でした。しかし、よこしまな願望は叶わぬどころか、翌年の9月に彼女は亡くなりました。1ヶ月前にはJAL機御巣鷹の尾根墜落事故もあり、私が『FRIDAY』をもっとも購読した年でした。

加齢臭の男ばかりの社会。それが衰退への第一歩である。(個人的見解その2より)


この賞の新設が、日本映画界を盛り上げる(個人的見解その3より)

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